達人・黄性賢の太極拳の本当のあるべき姿とは!?

本当のリラックスによる内勁とは!? 推手とは!? その真実が今回日本で初めて紹介される!



演武・技術協力/ ウィーキージン
インタビュー/ 太極気功養生教室 鈴木
資料提供/ ウィーキージン 太極気功養生教室
編集/ 中国武術WEB編集部



弟子を指導している黄性賢(1980年代後半)

衝撃映像!!柔らかいゆったりとした動きの中で
弟子たちをピンポンだまのように弾き飛ばすその力とは!?


黄性賢77歳の時の太極推手デモンストレーション
今回インタビューをしてくださった若き日のウィーキージン老師も
当時門下生の一人として参加しているのが見られる。


黄性賢大師(1910〜1992)
最初は謝宗祥より白鶴拳を学び、その三年後、謝宗祥の弟子の陳世県に羅漢拳を学ぶ。
若い時から中国大陸で多くの武勇伝がある武術家であったが、1949年に台湾に渡り、鄭曼青から太極拳を学んだ。
その功夫は楊澄甫をすでに超えているといわれたほどである。
1955年全台湾省から大勢の達人集まった中で開催された推手大会に弟子の鄭顕気や林宜文と共に参加する。
黄は重量級で優勝を果たし、弟子の2人も中量級(鄭)と軽量級(林)とすべて優勝を果たした結果となったので、
当時の武林界に黄一門の三傑は広く知られることとなった。
後にシンガポールへ移住。1992年、故郷の福州にて永眠する。


今回インタビューをしてくださったウィーキージン(王其燃)老師
黄性賢老師の関門弟子(一番最後の弟子)であり、
黄性賢の太極拳の晩年の成果を受け継いだ人物として世界的に知られている。
ニュージーランドに在住され、イギリス、ドイツ、ハンガリー、スイスなど欧米諸国を中心に
飛び回って黄性賢から受け継いだ太極拳を忙しく普及活動をしている。


ウィーキージン老師による推手スパーリング

黄性賢の驚異的な鬆沈身・抜根勁は同系統の鄭子の太極拳家でさえトリックではないかと疑ったほどである。しかし黄性賢は実際には1955年全台湾省から大勢の達人集まった中で開催されたオープントーナメントの推手大会で優勝を果たすなど、多くの比武(他流試合)によりその実力は「師を超えた」と評価されていたそうある。
黄性賢から本物の技術を受け継いだ数少ない人物の中の一人だと言われているウィーキージン老師の推手技術を見ていただきたい。相手を無力化して鬆沈身・抜根勁を体現しているのが分かる!
鬆沈身・抜根勁とはリラックスできて気が沈んだ状態の身体によって、相手の重心を無重力化しコントロールすること
である。太極拳やその他内家拳の中でも大変高度な技術である。


師・黄性賢に習っている時のウィーキージン老師(左 1980年代後半)


「鬆身五法」の第一法を解説するウィーキージン老師


「鬆身五法」とは近年の著名太極拳家である黄性賢大師が長年の修行を経て研究し編み出した練功法です。
黄大師は最初は福建で白鶴拳という南派に属す拳法を練習していましたが、後に台湾に渡り、「五絶老人」鄭曼青から太極拳を学びました。その功夫は楊澄甫をすでに超えているといわれたほどと言われており、
その天才が長年かけて編み出したのが「鬆身五法」なのです。
従って黄性賢一門の太極拳はこれらの独自の練功法があるがゆえに黄氏太極拳といわれています。
「鬆身五法」は太極拳の練習で要求される放鬆と太極拳の身体操作の極意を集約したものですが、
動作が非常に簡単であり、誰でも練習できます。「鬆身五法」を練習することにより、
リラックス感を体得ができ、気血の循環の促進、健康の向上、ストレス解消に繋がるわけです。
またこれらの動作を無理なく回数をこなす事により、太極拳の身体操作で重要な肩や胯等の各関節がスムーズに
操作でき、太極拳の原理が理解でき学習もスムーズになり、護身としても役立つわけです。
太極気功養生教室のホームページより


2016年の年の瀬が迫った頃に黄性賢の関門弟子で、黄性賢の晩年の成果を受け継いだ人物として知られているウィーキージン老師が来日されました。
今回はご家族を伴ってプライベートで来日とのこと。その時に運良く貴重なインタビューをすることができました。
世界的太極拳マスターであるウィーキージン老師から直に太極拳について、日本人が太極拳を学ぶのにどの点を注意したらいいか等、貴重な意見を聞くことができました。

Q.  ウィーキージン老師の出身と武術歴について簡単に聞かせてください。

ウィーキージン(以下をウ)  私は1956年にシンガポールで生まれました。1983年から太極拳を学びました。その前は子供の頃に精武会系の弾腿を習ったことがあり、成人してからはビジネスをやっていて太極拳どころか武術をやっていませんでした。
20代の初めの頃に台湾に旅行へ行った時にちょうど朝公園で太極拳の練習を見る機会があり、その時見た太極拳が鄭子太極拳だったのです。その時見た鄭子太極拳の動きに私はとても興味を惹かれたのです。その時そこの公園の指導者であった廖先生に「鄭子太極拳を習いたい」ということを言ったら、廖先生は「きみはシンガポールに住んでいるなら、鄭曼青の高弟である黄性賢という達人がシンガポールで教えているから、そこで習うべきだよ」と言われました。それが私が黄性賢老師に太極拳を学ぶことになる一番の最初のキッカケとなります。

Q.  それからどうされたのしょうか?

ウ  台湾から帰国した私は早速地元シンガポールにある黄氏太極拳協会で練習しました。

Q.  そこで黄性賢老師は毎回教えられていたのですね?

ウ  いいえ。黄性賢老師は当時すでにマレーシアに住んでおられたので、月に何度か教えに来ていたぐらいでした。私は最初にシンガポールの道館でそこの教練について習っていたのです。
私は太極拳の練習が好きで、毎回練習が始まる前に他の人より早く来て習ったものを復習して練習をしていました。私の熱心さに感心した教練が「きみはいつもとても熱心だね。そんなに熱心なら黄性賢老師は拝師して弟子になってみてはどうか」と言ってくれて私を推薦してくれたのです。そして私がついに黄性賢老師の拝師弟子になって学ぶことになりました。

Q.  実際に黄性賢老師に習われてみていかがでしたか?

ウ  私は黄性賢老師ご自宅で住み込んでいて3年間もずっと毎日習いました。住み込んで習う以上、黄老師が食べられる料理を作ったり、家の雑用をしたり、黄老師の身の回りもお世話をしながら習いました。
練習は毎朝5時から始まりそれがずっと毎日だったので、とてもきつかったですよ。長時間も同じ姿勢で立ったままなどの練習もやりましたので、しかも姿勢で一寸の間違えも許してもらえず、最初の頃は練習が終わった後は足が震えてガクガクでトイレの便座に座るのも大変した(笑)
私が黄性賢老師から習い始める前に、黄老師からある条件を言われました。「私はきみの前では福建語(黄性賢老師は福建省の出身)しか話さない。私が喋る福建語が理解できないようでは私の太極拳は理解できない」と(笑)
それだけでなく、黄性賢老師は私に「これまで習って身に付けたものはすべて捨てなさい」と要求され、これまで黄老師の大極拳のシンガポールの教室でそこの教練から37勢大極拳の型を習っていたのに、それさえも捨てさせ最初の半年間は基本動作と37勢大極拳の型の一番最初にある攬雀尾いう動作だけで延々と繰り返しずっと練習をやらされました。

Q.  これまで習っていたシンガポールの黄氏太極拳協会で教えられていた37勢大極拳が間違いを教えられていたということなのでしょうか?

ウ  シンガポールで教えられていた教練はとても優秀でした。今では私とは黄性賢老師の同じ門下生の兄弟子にあたる人で、当時のシンガポールでの指導は彼に任されていましたからね。
ただ黄老師が言うには「これまでやってきたことを白紙にしておくような真っ白な気持ちにならないと本物芸は身に付かない」ということです。特にこれまで他の大極拳の先生に習っていた人でしたら、中にはこれまで習ったことで変な面子やプライドを持ったりする人がいますよね。そういう人たちは私の経験上からしても身には付きません。妨げになります。プライドが邪魔しますからね。そういうのを戒めるためだったのだと思われます。現に私が生徒に教える時にしても、これまで他所で大極拳を習っていた人であっても、台湾やマレーシアなどにいる私の兄弟弟子から習ってきた同門の人であっても、私は必ず基本から教えています。中には黄老師から実際に習った期間が短かった人や解釈の間違いからか黄老師の教えとは違うやり方をされている同門の兄弟弟子が少なからずいますからね。
私は今ではヨーロッパをメインで教えていますが、私の生徒の中には陳式や楊式といった他所で他派のインストラクターや教練をしていた者も何人かいますが、他派の練習のやり方とは我々のやり方とは違うので、彼らにも基本から教えていました。中には不満な顔を露骨に出す者もいましたが、私たちは黄老師大極拳を練習しているので、基本から我々の正しいやり方を身に付けていかないと何年経っても何も身に付きません。それができない人には私は教えません。 基本を蔑ろにして太極拳は身に付きませんからね。それはどんな武術であっても同じはずです。黄老師の教えは正しかったと今ではハッキリ認識しています。
私が黄老師に習い始めた頃、こんなことがありました。当時私以外にもう一人私と一緒に黄老師について共に練習していた人がいました。彼は黄老師の親戚にあたる人で彼はかつて他所で他の大極拳を習っていたことがあったそうです。彼は私と2人っきりの時いつも「黄老師はこう言っているがこういうふうに動くのが正しい」と他所で習った知識をあれこれ私に言ってきて解説していました。当時若かった私はやはり黄老師の教えを背くようなことはしてはいけないと感じ「やはり黄老師のやり方が練習しないといけない」と彼に諭したりしました。

Q.  そんな人が同門におられたのですか(笑)そういう人は武術を習う以前に人間性からして問題あるかと思われますが。

ウ  そうですね(笑)それでも彼は過去に習ったプライドが邪魔して直そうとしませんでした。結局半年後その彼は黄老師のもとを離れてしまいました。ようするに彼は黄老師の親戚だということで黄老師の大極拳協会の副会長のポストを狙っていたということで太極拳を始めたということだったのです。そんな邪な彼の考えや驕りのある性格は黄老師は見抜いておられていたようです。放っておいたら本人から勝手に辞めていくだろうと思っておられたそうです。

Q.  先生というのは見ていないようで生徒の人間性や性格まで見ているということですよね。

ウ  そうですね。太極拳はやはりいつまでも学ぼうとする心、探求し研究しようとする心が大切。邪な考えや変なプライドや驕りを持つのは戒めないといけません。でないと太極拳のリラックスした自然な動きはいつまで経っても体現することはできません。私は初心者だろうと上級者だろうと誰であっても推手の練習を一緒に行います。普通は誰でも下手な初心者とは組みたくないものですが、逆に未熟な動きをする彼らから私たちが多くのことを学ぶことだってあるのです。 実際実戦の時だって、攻撃してくる人は多くは太極拳の経験者ではないはずだからね。

Q. 黄性賢老師の太極拳についてお聞かせください。

ウ  黄性賢老師は大極拳を練習する前に故郷の福建省で謝宗祥について鳴鶴拳を練習していました。福建省では黄老師はとても鳴鶴拳の達人として有名な武術家だったのです。日本の空手家・宮城長順は謝宗祥について鳴鶴拳を学んだことがあります。宮城長順は初期の頃の謝宗祥の鳴鶴拳を学びましたが、黄老師は晩年の謝宗祥の弟子であります。
その後1950年代に台湾に移住されてから鄭曼青について大極拳の練習を始めたのです。黄老師は鄭曼青について太極拳を習い始めた頃、師・鄭曼青から「きみは自由推手を練習する時は決して攻めるのではなく相手がどんなに攻撃してきても化勁ばかり練習しなさい」と言われたので、最初の3年は自由推手の練習の時はもっぱら化勁の練習ばかりしていたそうです。

Q.  つまり太極拳は化勁と攻撃が一体の拳法だから、まずは化勁から体得していくという意味でしょうか?

ウ  その通りです。よく勉強されていますね。
黄性賢老師は白鶴拳で攻撃力はあったのです。南派拳法の白鶴拳と内家拳の太極拳は剛と柔とて練習の仕方が違うように見えますが、黄老師の白鶴拳は柔く大極拳と一緒に練習できるのです。しかし太極拳は白鶴拳と比べて円の運動が多いです。
太極拳で最初に体得していくのは化勁からです。いくら発勁ができていても化勁ができないと太極拳にはなりません。私は生徒に教える時は必ず化(化勁)から教えています。でないと力比べになってしまいますね。
黄性賢老師の大極拳では、一番最初に「渾元功」から一番の基礎となし、そして基本動作「鬆身五法」を行ってから、三十七勢(短架)、長架、精簡の套路へと練習していきます。

Q.  私は以前に台湾の鄭顯気先生の系統の大極拳をやってきましたが、長架、精簡といった套路は鄭先生の所にはなかったかと思います。「渾元功」という基礎練習も練習されてなかったです。

ウ  それは台湾の人たちが黄性賢老師に習った期間が短かったからだと思われます。「渾元功」は1980年代に太極拳の一番の核心部分であった要訣をまとめて編み出したものです。どんな型であっても、どんな推手練習であっても、核心の基礎である「渾元功」から成り立っています。長架は楊式大極拳の套路です。精簡という套路は黄老師が晩年に生涯かけて研究してきたものをまとめて編成されたもので、一触即発の技ばかり集めて構成されています。 従って精簡は黄老師の晩年の拝師した入室弟子のみに伝えた套路であって、黄老師が初期の時代に習っていた人たちは知っていません。精簡ができるできないでは推手の質が違っていきますね。しかも精簡は拝師した弟子で基本短架である鄭子太極拳三十七勢を身に付いてないと習えないものでした。芸事はなんでもそうですが、基礎がまともにできないとどんな優れた技であっても体得できませんからね。
私の場合、3年間ずっと黄老師のご自宅に住み込んで内弟子生活をし黄老師と寝食を共にしながら習ってきました。その間はずっと私は黄老師が食べる料理を毎日作ったり、家の掃除をしたり、身に周りの世話もやりましたよ。その後も黄老師のアシスタントとしてしばらく数年間はずっと黄老師の側にいました。私はその他の黄老師の弟子の人たちより師と一緒にいる時間が長かったですし、環境的に恵まれていました。

Q.  今の日本の若い人ではなかなか耐えられない内弟子生活ですよ(笑)でも、中国武術の世界では拝師の儀式を行うと師と弟子の関係は親子と同じぐらいになります。

ウ 父子と同じ関係になりますね。
黄老師の教え方は晩年では保守的な教え方ではなくなりましたが、伝統武術家そのものの教え方でした。
黄老師は自分の弟子と推手練習をする時に弟子が力んでいたら、「放鬆が足りない」と言われながら力んでいた弟子の手を叩いたり、敢えて強い発勁をされて力んでいた弟子を吹っ飛ばしその弟子の身体を強く壁までぶつけたりしていました。こんなことまでするのは今の時代では問題あるでしょうが、放鬆が足りない弟子に敢えて身体で痛い思いをさせることによって、やられた弟子はまたあんな痛い思いをしたくありませんから、二度と力まないように心がけようとさせたわけです。そんなことをされたら誰でもまた強く壁や地面に叩きつけられたくはないではないですか。黄老師は普通の生徒にはそこまではされませんでしたが、特に拝師弟子にはそんなことをされました。私も若い頃に何度も黄老師に強くふっ飛ばされ強く壁や地面に叩きつけられたものです(笑)
また全部の生徒に対してではありませんでしたが、私たちのような拝師弟子にはたまに用事を頼んだりして、こいつは本当の門弟なのか、上っ面だけの門弟なのか、人間性を試されることもされていました。こうすることによって、中には先生の前だけではやる人、先生がいないとやらない人と‥いった人間観察をされていました。人間性を見て芸を教えるのは伝統武術家の考えですね。ようするに先生がいないとやろうとしない生徒は大極拳の練習においても先生がいない時は練習をしないというわけです。
また、黄老師は「芸(太極拳)を身に付けたければ、日常のどんなことでも一つのことをきちんとできるようにする心がけをもってしなければいけない」とよく私に言っていました。

Q.  芸は人柄が出るといいますよね。

ウ そうですね。だから大極拳の練習は必ず正しく原理から知りどんな動きでも理に合った動きで練習できるよう心がけないといけません。私は今でも基本鬆身五法の各動作にしても、37勢の套路のすべての動きにしても正しく練習することを心がけています。原理から外れた動作は套路練習であっても、推手練習にしても、間違ったものになります。
私が練習している鄭子太極拳を練習している人だって、現にある人は套路練習が得意で推手の方は不得意であって。またある人は推手練習の方が得意で套路の方は不得意。これでは駄目です。推手は大極拳の套路の動きからできているので、套路ができて推手が得意ではないのは本来ならあり得ないことです。逆に推手ができて套路が不得意なのこともおかしなことです。こういう人たちは本当に大極拳というものを理解してないと言えるでしょう。

Q.  黄性賢老師一門の人たちでもそういう人がいるのですか?

ウ  もちろんいます。黄性賢老師が生涯で教えた門弟は何万人もいますが、本当にものになった門弟は私が知るところではたった3人ぐらいしかいません。さっきも言いましたが、その他の多くの人は套路が好きな人は套路ばかり、推手が好きな人は推手ばかりといった具合に偏った練習をしている人たちや習った期間が短いことからか解釈を間違えて練習をしてきた人たちもいますから。もう一度言いますが、推手は套路の中の各動作から成り立っているもので、車の両輪のように密接な関係になっているのを忘れてはいけません。実際は大極拳の原理を忘れてしまい自分の解釈で練習している人が多いのが実情ですね。

Q.  大極拳の練習において気をつけるポイントはありますか?

ウ 太極拳で重要なのは鬆(リラックス)です。鬆により気が静まっていなければいけません。それはどの動作であってもそのことを要求されます。 右手で発する勁は左足から発し、左手で発する勁は右足から発します。その動作には必ず鬆沈によって下半身の動きから成り立ちます。そうすることによって、相手の重心をコントロールし無力化して抜根を行うことができます。初級者と上級者はもちろん抜根のやり方が違っており、初級者は大きな動きで正しい動作と相手の重心をいかにして虚にするかのコツを体得できるようにし、上級者になるとほとんど動かない動きで抜根をすることができます。

Q. 日本人がどうやったら太極拳を身に付けることができるのか、注意点がありましたら教えてください。

ウ 繰り返し言いますが、正しく原理を理解しながらそれに合った練習ができているかどうか。そしていつでも教えを請う謙虚な姿勢を持ち続けることが大切ですね。例えばある程度上達したら中には自分のプライドを持つようになり謙虚でなくなり、自分のやり方を勝手にやろうとする人がいます。それではその時点で成長が止まってしまいます。先生は生徒より経験が長いので、先生の言っていることを聞こうとせずに自分のやり方をしてしまう人は駄目ですね。
私の生徒で一人オランダ人がいます。彼は詠春拳のインストラクターをしていて彼には200人ほどの門下生がいます。とても優秀な人間です。
彼は私に習う前に私の中国で兄弟弟子に習っていました。私に習う前に彼の動作を見て一般でよく練習されているただ力を抜いてブラブラしてような間違った鬆身の基本動作を習ってきたのが分かったので、私は彼に「これまで習ったのを捨てる気持ちで習うなら私は教えてもいい」と言いました。過去に習ったことがあるということで彼には変なプライドを持っていてはせっかく私に習ったとしても上達はしないからです。彼は私の条件を受け入れてくれたので、私は教えるようになりました。彼以外だけでなくもちろん他に他所で太極拳を習ってきた人であっても同じで私は必ず基本から教えるようにしています。
仮にあなたが生徒だとしましょう。師が今生徒であるあなたに教えているものはこれからあなたが新たに次に習うもののステップのためのものです。今習っているものを練習して体得しなければいつまで経っても次へのステップへは進めません。そのことは理解しないといけません。

ウ 私は日本人に教えた経験がほとんどなく、一概に言えませんが、日本人はとても勤勉で、正確性を求めていてとても優秀な民族だと認識しています。ただ今回日本に来て感じたことは、新宿駅で電車に乗ろうとした時、新宿駅にいた人たちはいつも忙しそうで、人生をエンジョイしてない、ストレスを抱えていてリラックスできてない人が多いように感じました。いつも時間に追われているようにあんなに緊張していては太極拳の練習ではよくありません。健康目的で練習をされるなら、リラックスとリフレッシュが第一なので、ストレスを抱えながら練習するのは良くありません。太極拳は修養の拳法でもあるので、練習の時は普段抱えたストレスを一旦忘れるようにしてから練習をすることです。
日本ではマサノリ(太極気功養生教室の小林先生)が中心となって私たちのスタイルの太極拳を普及してくれるでしょう。マサノリは私について習う前に台湾で習った太極拳を練習していました。しかし台湾で習ったものが完全でないとを満足をしておらず、私について習うようになったのです。

Q.  たしかに鄭顯気先生が教えられていた228公園(新公園)では、鄭先生はあれだけの実績がある人で基本をしっかりやれと門下生に仰っていたようですが、その門下生たちは最近では基本練習をおろそかにしていて自由推手(スパーリング形式の推手)ばかりしている傾向がありましたね。台湾のその門下生の中では套路もろくにできないのに自由推手ばかりしている人たちもいました。古い鄭先生の門下生はそれなりに基礎を固めているのでしょうけど、それ以外の人たちを見ると別のものというか、ちょっとどうかなと思わざるを得ないですね。あちらの人たちはそれぞれ自分の考えがあって、ああいうふうにやっているのでしょうけど。鄭老師はご高齢で引退されていますし、それで私も台湾の228公園には行かなくなりました。

ウ 自由推手も基本や太極拳の原理から成り立っているのです。また太極拳の套路を理解せずに自由推手ばかりやるのは太極拳の推手ではなくなりますね。套路にある動作の内面の動きを感じ調和しながら練習を繰り返すことにより推手の変化を理解していくものです。黄性賢老師は推手の基本動作でも何十種類ありました。これらは発勁、化勁など定歩や活歩を含めたものがあります。これらの基本推手は黄老師が晩年にかけて編成し整理して作ったものです。これらも一緒にやっていかないと、手で押すだけの推手になってしまい別のものになってしまう可能性が大です。

つづきはこちら・・・







 





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