映画「少林寺」において首席武術指導をした馬賢達老師の論文



文・資料提供/中国十大武術名教授、中国武術最高段位9段 馬賢達
翻訳/馬賢達通備武術学院日本支部
監修/日本馬氏通備武術協会代表、馬賢達通備武術学院日本支部代表 小林正典


少林寺
映画「少林寺」において舞台になった場所である。
首席武術指導を担当した馬賢達老師の意見や感想が聞けるぞ!




1982年当時の映画ポスターである。懐かしい〜!!


武林顕威 瑰宝増輝
映画「少林寺」首席武術指導をした馬賢達老師の論文です。
1982年映画「少林寺」が上映された頃に、中国の大手新聞社「光明報」の依頼により掲載されたものです。


当時の中国なので、社会主義や民族性が濃い文章になっていますが、
歴史的に貴重な論文であり、当時の馬賢達老師の意見など盛りだくさん!
これから中国武術を志している日本人にとって参考になればという
ことで、馬賢達老師自らの希望により、このサイトに掲載することになりました。
ですので、これらの文章及び資料はすべて馬賢達老師から正式に許可を頂いたものであります。

    



 武打の設定を主要とする映画「少林寺」は、国外で上映され、中国語圏の映画としては大盛況であり、観客動員数が最高記録にもなったそうである。

また、最近中国国内各地においても続けて上映され、広く青少年が先を争って観たという。
 今は功夫映画は世界の映画界において一世を風靡しており、すでに30年近くの歴史があるが、我が国の武術家たち自らがこの映画に身を投じて参加し、試みたのは初めてのことなのである。こうして映画「少林寺」は世界映画の中で一挙に新たな芽を出したのである。この映画のストーリーの中で動く人、人物がどのように生かしていけるか、大切なのは武術のアクションと精妙な功夫演武である。映像の中で登場している重要な役者は我が国の武術家が担ったのであり、我が国の栄誉のために、貢献したのであった。「少林寺」の映画が全国で上映されたことにより、青少年である観衆が少林寺と少林功夫に理解を示したことにより、私たちの責任が果たすことができたわけである。



嵩山少林寺


 少林寺は河南省登封県にある嵩山にあり、北魏太和19年(西暦495年)に建立されたのである。今では1400年以上の歴史があり、後世知られている少林拳が出た寺である。少林寺は佛教禅宗の重要基地として知られている。隋代末期、秦王・李世民は兵を率いて関中を出発し、当時河南に「鄭」国を建てて国王と称していた王世充を討伐しに向かった。その時少林寺は李世民の戦闘を助け、曇宗、志操をはじめとする13名の和尚が戦闘の中で、王世充の甥である王仁則を生け捕りにするなど多大な功績を立て、その結果、王世充の鄭を下すのに大きな力となったのである。
後に、李世民が大唐帝位に昇った際に、少林寺は恩賞を賜り、これにより少林寺の名声は広く知られるようになったのである。

 嵩山少林寺は我が国中国において必ず一度は足を運んでみたい歴史上の名刹である。しかし、隋代から現在に至るまで三度被災にあっている、最後は1928年蒋馮大戦の時である。蒋軍に属していた樊鐘秀は少林寺を占拠して指揮の中心とし、馮玉cが派遣した石友三の攻撃により、寺院内に駐留していた樊鐘秀は少林僧たちと共に逃げ出した、その時に寺院に火を放たれ、このことにより、少林寺の主要建造物や古くから伝わる古いもののほとんどが焼失してしまったのである。
新中国になってから、国家が修復に投資したりして、燃えた寺院を修復した。
 歴史上から見ると、明と清の時代、少林寺は武術にとって大きな歴史作用をもたらし、最初は少林棍で世に盛名をとどろかしたのである。しかし、さまざまな歴史的な原因により、少林寺はとうに武術は伝わっていない。



映画「少林寺」と少林功夫について


 映画「少林寺」のストーリーは十三名の棍僧が後の唐の皇帝になる李世民を救った伝説を基づいてできたものであり、主人公の覚遠(李連杰が演じた)は父の仇のために、少林寺に身を投じて武術を求め、武僧・曇宗や棍僧の伝授を受けてから、一人の武芸が優れた少林功夫の継承人として成長していくのである。過去において、身を駄目にした武林高手がいて、そのような出来事により、世にいることが出来なくなり、出家し僧となったことにより、今まで身につけた武芸を寺院に伝えるという形となったのである。寺院の静かな環境は俗世と違って武術を集中して練習するのにもってこいといったわけであるが、実際は、武術の本当の伝承があった地域及び場所は民間であり、佛教や道教等の寺院といった聖なる場所ではない。古代から近代まで多くの武術大師のほとんどは民間から出ているのだ。実際今回の映画「少林寺」の武術指導を担当したのは4名の著名な拳師であり、彼らの中に誰一人少林寺で武術を学んだ者はいなく、また主人公覚遠を演じた李連杰(ジェット・リー)と他の登場人物を演じた干承惠、劉懐良、胡堅強等は高いレベルの武術を習得していますが、彼らは中国の業余体育学校及び武術隊において訓練したのである。補足だが、丁嵐は河南戲劇学校豫劇班の学院であり、映画の中で激しいアクションや武打などをおこなっていますが、この映画の撮影の時に学び訓練したのである。

 中国武術は流派が非常に多く、有名な少林拳は多くの流派の中の一つでしかない。 映画「少林寺」の中で出てくる少林拳は現在我が国において伝わっている武術の各流派のものを集めたものであり、今我が国が勧めている武術套路(武術の型)運動形式の分野を現したものといっていいだろう。映画「少林寺」の中で見られる精悍なカンフーは非常に広く伝承がある少林拳、査拳、花拳、炮拳、洪拳等といった長拳系の動きをメインにしており、また、蟷螂拳、翻子拳、劈掛拳、鷹爪拳、戳脚等といった様々な流派の拳法の動きも取り入れて、この映画に採用したのである。それにより、新たな独特の武術体系が形成されたのであり、伝統の少林拳から言わせると、「新しいものを推しつけた」ことになるだろう。

 映画「少林寺」が上映された後、多くの青少年が武術の学習に情熱を燃やすような現象になり、社会主義国である我が国が伝統武術ために旧中国社会の文化と海外の国々が比較することができる条件を提供してくれたといっていいだろう。都市や地方に広く行き渡った業余体育学校は武術班があり、我が国各地に各武術流派を継承している武術家や高手がいる。武術を愛している青少年たちよ、そこへ足を運び武術を学びなさい。仏門に入ってまで武術をやる必要はないのです。朝夕の間天下無双の神拳高手になるのを目指しなさい。青少年たちよ、もし武術の学習を志し、武術の高峰を目指すのなら、一つの拳、一つの蹴り技の基本功からしっかり学びなさい。長い間それを積み重ねて強い身体ができ、精神を鍛えれば、成功するでしょう。



武術を学ぶには徳が必要である


 我が国中国の武術は優れた伝統体系があり、伝統の武術を学ぶには、拝師し、交友をする、それには十分な「武徳」がなければいけません。著名な武術流派通備拳の拳論の中にすぐれたものがあり、「勢通百節招通胆、気潤三焦徳潤身」といったものですが、歴代の武術の達人はほとんどが高い道徳を持っていた人でありました。ここれらの先人たちは悪を嫌い、正義があった。また貧しいものを助け、弱いものを助ける、その気概があった。特に国家が困難な時、民族が危機の時には、天下に貢献したのであった。真正な武術愛好者は「武徳」が必要であり、高い精神の境地に達しなければいけない。高尚な道徳精神を持てば、日増しに発展していっている武術の大道上、素晴らしい成果が見えてくるはずだ。

 映画「少林寺」での武打の格闘シーンにおいては古くから伝わってきた中国武術の輝きを出すことができたと思う。中国武術は中華民族の優秀な宝であり、すでに明るい光を放っている存在となっており、世界中の武壇において関心の的といってよいだろう。これは国家の栄誉、民族の自信といってもよい。しかし我々は冷静に世界各地の武術事情を見ないといけない。まさに上下の波が激しいものだ。ある国家の武術(武道)はすでに世界のスポーツ種目として認可されている。このようなことから軽く見てはいけない。そのためには我々はもっと努力することが必要である。それには豊富な技撃を取り入れ、それを試合できる環境、不断に套路運動形式を改善しないといけない。自分たちで伝統を発掘していき、真剣に継承とレベル向上に努めていき、開拓していく。そして国の大きな栄誉のために、中国武術の新局面を打開しないといけない。



     1982年

     映画「少林寺」首席武術指導
     西安体育学院副教授(当時) 馬賢達

    








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